大阪高等裁判所 昭和55年(う)1246号 判決
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【説明】
法人税ほ脱罪における訴因変更要否の問題については、判例として、最判昭40.12.24(刑集一九巻九号八二七頁)があり、そこでは、
「法人税逋脱罪につき、裁判所が、被告会社の逋脱所得の内容を認定するにあたり、検察官の主張しなかつた勘定科目である仮払金一七五万円、貸付金五万円を新たに加え、また、検察官の主張した勘定科目である借入金七五万円を削除するような場合には、訴因変更の手続を必要とする。」と判示されたが、右判決を契機として、所得税、法人税のほ脱罪における訴因は何かという問題もからんで論議を呼ぶこととなつた。周知のとおり、所得税、法人税のほ脱事件では、起訴状に、訴因として、当該年度における実際所得金額、正規の税額及び虚偽の申告所得額、申告税額とその差額であるほ脱所得、ほ脱税額のいわば結論的な部分が記載され、各勘定科目ごとの個々のほ脱所得の内容は表示されず、これらは検察官の冒頭陳述の段階において明らかにされるのが実務の取扱いであるが、一説には、刑訴法上の訴因は、冒頭陳述によつて具体化された個々の勘定科目ごとのほ脱所得の内容であり、検察官主張の勘定科目と異なる勘定科目を判決で認定するときは、ほ脱所得全体の総額に増減はなくとも訴因変更を要すと説く見解があり、(船田三雄・最判解説昭和四〇年度二四二頁)、他の見解は、前記の実務の取扱いに配慮しつつ、実務の取扱上起訴状に訴因として掲げられた所得額等の結論的部分が訴因であり、益金・損金の各科目や金額に変動が生じても、所得額が動かない限りは訴因変更手続を要しないが、所得の増額をもたらす場合は、その点につき攻撃防禦が尽され、益金の増加、損金の減少が予め判明するようなときを除いて、原則としては訴因変更手続を要する、と説く(小島建彦・直税法違反事件の研究二三六―二四〇頁)。本判決が訴因につきいかなる見解に立つか必ずしも明確ではないが、考え方としては後者の見解に立つものと思われる。いずれにしろ、判例は、一般的に訴因変更の要否の基準を被告人側の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れがあるか否かに求めており、前記最高裁判例も同様の見地に立つものであつて、本判決も訴因変更の要否に関する右の一般原則を踏まえたものであつて、その原則を適用した一つの事例であるといえよう。
【判旨】
(一)控訴趣意第一点について
論旨は、原判示第三の事実について、原判決は訴因変更の手続を経ることなく被告会社の逋脱税額を検察官主張のそれよりも多額に認定した点で、審判の請求を受けない事件について判決をした違法又は訴訟手続の法令違反がある、というのである。
調査するのに、検察官は、昭和五〇年五月期における被告会社の逋脱税額につき、二二、二三七、六〇〇円と主張したのに対し、原判決はこれを検察官主張のそれよりも多額に二七、三三九、六三八円と認定したこと、右認定をするについて訴因変更の手続がとられていないことはいずれも所論のとおりであるが、原判決がそのような認定をしたのは、本件の場合、被告会社の昭和四八年五月期(原判示第一の事実関係)、同四九年五月期(原判示第二の事実関係)、同五〇年五月期(原判示第三の事実関係)における各法人税逋脱罪か審判の対象となつており、昭和四九年五月期における個々の勘定科目の金額及び実際所得金額につき検察官主張のそれと認定を異にした結果、それか昭和五〇年五月期における個々の勘定科目の金額に影響を及ぼし、実際所得金額の増加をもたらしたためであることか認められる。すなわち、この点をより明瞭ならしめるために、被告会社の右三年度における検察官の主張した逋脱所得金額と原判決の認定した逋脱所得金額を対比すると、次の各表のとおりである(単位・円、△は所得の減を示す)。
(昭和四八年五月期)
勘定科目
検察官主張の金額
原判決認定の金額
売上
一、〇九四、〇〇〇
一、〇四九、三六〇
期首棚卸
(商品)
(貯蔵品)
△三一、五八二、一二八
△一〇、七七二、五三〇
(商品貯蔵品)
△五八、二四四、六五二
仕入
九、六九〇、五二六
九、六九〇、五二六
期末棚卸
(商品)
(貯蔵品)
五八、三二〇、七〇八
一六、七六八、九八七
(商品貯蔵品)
七四、八一四、六七一
青色申告
取消益
(減価償却費)
三、七六三、三七六
(同上)
三、七六三、三七六
(価格変動準備金繰入)
一、〇六九、八八〇
(同上)
一、〇六九、八八〇
交際接待費
△二、〇〇〇、〇〇〇
△二、〇〇〇、〇〇〇
交際費等の
損金不算入
五、七五八、五七五
五、二八三、三一六
計
五二、一一一、三九四
三五、四二六、四七七
(昭和四九年五月期)
勘定科目
検察官主張の金額
原判決認定の金額
売上
二五九、七五〇
二二五、七三〇
期首棚卸
(商品)
(貯蔵品)
△五八、三二〇、七〇八
△一六、七六八、九八七
(商品貯蔵品)
△七四、八一四、六七一
仕入
三四、五一三、五二五
三四、五一三、五二五
期末棚卸
(商品)
(貯蔵品)
四〇、三一二、六七〇
四六、七一九、九四六
(商品貯蔵品)
七四、八六八、二〇一
青色申告
取消損益
(減価償却費)
三、五四二、七三六
(同上)
三、五四二、四四九
(価格変動準備金繰入)
一、〇九九、〇〇〇
(同上)
一、〇九九、〇〇〇
(右準備金戻入)
△一、〇六九、八八〇
(同上)
△一、〇六九、八八〇
交際接待費
△二、〇五〇、〇〇〇
△二、〇五〇、〇〇〇
交際費等の
損金不算入
九、七九七、四一〇
八、八〇五、一八七
未納事業税
△六、二五三、七一〇
四、二五一、五一〇
計
五一、七八一、七五二
四〇、八六八、〇三一
(昭和五〇年五月期)
勘定科目
検察官主張の金額
原判決認定の金額
売上
四九、八八二、〇〇〇
四九、五六六、〇〇〇
期首棚卸
(商品)
(貯蔵品)
△四〇、三一二、六七〇
△四六、七一九、九四六
(商品貯蔵品)
△七四、八六八、二〇一
仕入
三〇、五〇〇、〇〇〇
三〇、五〇〇、〇〇〇
期末棚卸
(商品)
(貯蔵品)
三七、八九七、八六三
三八、四二四、三四七
(商品貯蔵品)
七五、八四八、二一〇
青色申告
取消損益
(減価償却費)
△一、八九一、九〇八
(同上)
△一、八九一、八〇五
(価格変動準備金繰入)
一、一九〇、〇〇〇
(同上)
一、一九〇、〇〇〇
(右準備金戻入)
△一、〇九九、〇〇〇
(同上)
△一、〇九九、〇〇〇
寄付金
△二、〇〇〇、〇〇〇
△二、〇〇〇、〇〇〇
交際費等の
損金算入
△四、七七三、六五三
△四、五四〇、七九三
未納事業税
△六、二〇七、四八〇
△四、八九八、五二〇
寄付金の
損金不算入
七〇四、四五八
五四二、九九九
計
五五、五九四、〇一一
六八、三四九、二九〇
右の各表から明らかなとおり、原判決が昭和五〇年五月期における被告会社の逋脱税額を検察官主張のそれよりも増額認定した理由は、(イ)昭和四九年五月期の逋脱所得金額について、検察官主張のそれよりも、損金科目である期首棚卸につき昭和四八年五月期の期末棚卸を減額認定したことにより二七五、〇二四円、未納事業税につき昭和四八年五月期における被告会社の実際所得金額を減額認定したことにより二、〇〇二、二〇〇円それぞれ減額し、その分だけ被告人側に不利益に認定したが、益金科目である売上につき三四、〇二〇円、期末棚卸につき一二、一六四、四一五円、減価償却費につき二八七円、交際費等の損金不算入につき九九二、二二三円それぞれ減額し、その分だけ被告人側に利益に認定したため、結局、昭和四九年五月期における被告会社の実際所得金額につき検察官主張のそれよりも少額に、すなわち被告人側に利益に認定したこと、(ロ)その当然の帰結として、昭和五〇年五月期の逋脱所得のうち損金科目である未納事業税につき検察官主張のそれよりも一、三〇八、九六〇円少額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、(ハ)右(イ)のとおり、昭和四九年五月期の逋脱所得のうち益金科目である期末棚卸につき一二、一六四、四一五円減額し、その分だけ被告人側に利益に認定したため、逆に昭和五〇年五月期の逋脱所得のうち損金科目である期首棚卸につき検察官主張のそれよりも右と同額だけ少額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、(ニ)昭和五〇年五月期のその余の逋脱所得金額について、検察官主張のそれよりも、損金科目である減価償却費につき一〇三円、交際費等の損金算入につき二三二、八六〇円それぞれ減額し、その分だけ被告人側に不利益に認定したが、益金科目である売上につき三一五、六〇〇円減額したほか、寄付金支出前の所得金額が結局は増額になる結果、同じく損金科目である寄付金の損金不算入につき一六一、四五九円減額し、その分だけ被告人側に利益に認定したため、その限りでは逋脱所得金額は検察官主張のそれよりも少額にとどまるものの、右(ロ)、(ハ)のとおり、損金科目である未納事業税につき一、三〇八、九六〇円、期首棚卸につき一二、一六四、四一五円それぞれ減額になつたことにより、結局、昭和五〇年五月期における被告会社の実際所得金額については検察官主張のそれよりも多額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、によるものである。
以上のような事実関係に基づいて所論を検討するに、原判決は、昭和五〇年五月期における被告会社の逋脱税額を認定するにあたり、検察官の主張した個々の勘定科目の範囲内で被告会社の実際所得金額を検察官主張のそれよりも多額に認定したことか明らかであるから、その結果逋脱税額が増額認定されたからといつて訴因の同一性を害するものではなく、原判決が審判の対象となつていない別個の訴因を認定したものと認めることはできない。次いで、訴因変更の要否の点についてみるに、本件において、被告人側は、検察官の主張した昭和四九年五月期における逋脱所得の各勘定科目中、益金科目である売上、期末棚卸、交際費等の損金不算入の各金額につき減額を主張し、その期の実際所得金額を争つたことが記録上明らかであるから、それが容れられるときには、先にみたとおり、昭和五〇年五月期における実際所得金額の増加をもたらし、逋脱税額が増加するであろうことは当然に予測されたところであつたのである。このように、継続した二年度の各法人税逋脱罪が共通して審判の対象となつている場合において、検察官の主張した前期における個々の勘定科目につき金額の増減が争われ、それが認容されることにより当期における逋脱税額の増加を来すことが予測されるときは、その増加分を認定するについて、被告人側の防禦に実質的な不利益を与えるおそれはなく、訴因変更の手続を経る必要はないと解するのが相当である。数年度にわたり引続き不正行為により法人税を逋脱した場合、逋脱罪は各年度ごとに各一罪が成立することはいうまでもないが、そのことは右判断の妨げとなるものではない。
したがつて、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
(二)控訴趣意第二点について
論旨は、原判示第二の事実について、原判決は訴因変更の手続を経ないで本社新築完成記念謝恩セールの韓国旅行招待費用を検察官の主張したそれよりも多額に交際費等と認定した点で、訴訟手続の法令違反がある、というのである。
調査するのに、検察官は、所論の費用につき、被告会社の随行社員の旅行費用を差引いた五、七五二、二二八円を交際費等と主張したのに対し、原判決はこれを含めた六、〇九八、五三〇円を交際費等と認定したことは所論のとおりであるが、本件の場合、損金不算入の対象となる所論の費用について増額認定しても、検察官の主張した他の勘定科目の金額に増減が生じていることとの関連上、被告会社の実際所得金額に増加をもたらさないことが明らかであるから、被告人側の防禦に実質的な不利益を与えるおそれはなく、訴因変更の手続を経る必要をみなかつたものである。所論の援用する最高裁判所昭和三九年(あ)第二六七六号同四〇年一二月二四日第三小法廷決定(刑集一九巻九号八二七頁)は、検察官の主張しなかつた資産に属する勘定科目を新たに加え、また、検察官の主張した負債に属する勘定科目を削除するような場合には、訴因変更の手続を必要とするとしたものであり、しかも、右判例の事案では、そのような勘定科目の設定と削除によつて被告会社の案際所得金額に増加を来す場合であつたのであるから、本件とは事案を異にし適切でない。
したがつて、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
(瓦谷末雄 香城敏麿 鈴木正義)